情報商材屋で働いた話(16) 東大
どこまで話したっけ???
そうだ、土曜日の夜9時から採用面接をするところだった。
その日、ヤンキージャージ社長ジロウはウキウキしていた。
面接に来るのが東京大学卒業で大手の一流企業に勤務中という経歴だったからだ。
「信じられるか?東大だってさ!すげーなwww」
そりゃあ高校中退のジロウにとって東大と言えば雲の上の存在だろう。
だが、東大を出ているからと言って必ずしも使える人間とは限らない。
なぜなら、日本の試験というのは暗記と要領だからだ。
実は俺は過去に、東大卒の部下を持ったことがある。
そいつのあまりの使えなさに、大学名だけで採用したであろう上司を恨んだものだ。
歯科医や弁護士が余って食えない時代だから、東大卒でも使えないヤツは貧困に陥ってる。
しかし、現在、一流企業に勤務中というから、そこまでダメではないのだろう。
約束の時間にやや遅れてやってきた東大クンは、マトモそうな青年だった。
おサルのジロウ社長はモミ手をせんばかりの態度で、東大クンに質問した。
「なんでまた、ウチみたいなところへ来たいの・・・?」
「ハイ。ジロウさんのネットでの言葉を読んで、人生を変えたいと思ったからです」
恋人のアリサにも見せないようなデレ顔で身をよじってよろこぶ社長。
しかし、東大クンは現在の会社でかなりの高給をもらっていることがわかった。
ムリだな。
なぜなら社長のジロウの給料よりも高い。
みるみる意気消沈するジロウ。
高尾山にいた下っ端サルにそっくりだ。
ちょっと哀れだな。
ジロウが東大クンを雇いたがっていることがわかったので、俺は助け舟を出した。
「正直、今すぐに同じ額をお支払いすることは難しいと思います。しかし、今後、事業規模を拡大する予定なので、収益が上がればその分はダイレクトに還元します。そういう意味では報酬は青天井です。」
「はい。。。」
「大手企業では細分化されたタスクをこなしていくだけですが、当社はベンチャー企業なので、すべての業務に携わることが可能です。経営を知ることは東大さんの将来に大きく役立つはずです。どうです?我々と一緒に数億、数十億のビジネスを作ってみませんか?」
「そうですよね!。。。今の会社ではやりがいがなくて。。。」
「私も1200万円の年俸を捨てて入社しましたが、正解だったと思っています」
ウソではない。色々面白いモノが見られたし、いい経験になったのは事実だ。
「ホントですか???。。。僕も、是非、チャレンジしてみたいです!」
ホラ、採れた。
東大クンはこれまでずっと敷かれたレールの上を歩いてきて、不意にそのレールから外れたくなったんだろう。
今まではママのいうことになんでもYESと言ってきたタイプみたいだから、おサルのジロウの言うことにもきっと逆らわないだろう。
俺の採用基準はジロウとやっていけるかどうか?、の一点のみだ。
学歴はどうでもいい。
仕事は習えば誰でも出来る。
大事なのは人間関係だ。
東大クンが帰ったあと、ジロウはあまりの幸福感にボーッとなっていた。
「信じられるか???東大だぜ???」
「よかったですね、社長」
俺は戸締りをしながら笑顔で答えた。
よかったな、ジロウ。
故郷の家族やお前をバカにしていた連中に自慢できるもんな。
ただひとつ心配なのは、社員が他人をほめただけでブチ切れるお前が、自分よりすべてが格上の東大クンとやっていけるかどうか?、だ。
どちらが先に音(ね)をあげるか?
どれくらい持つか?
みものだな。。。
土曜の夜11時。
明日は日曜だが、朝から出勤を命じられた。
一番先に音(ね)をあげるのは、この俺かもしれない。
心身共に限界が近づいていた。