情報商材屋で働いた話(17) 取材
カンベンしてくれ!
これで7日連続勤務だ。
土曜の夜10時まで採用面接をやって、日曜の朝9時に出社かよ?
俺は完全週休2日の企業でしか働いたことがない。
以前勤めていた会社で日曜に出勤したのは、社長のヨットで船上パーティをした時くらいだ。
しかし今の俺は、情報商材販売ビジネスを探るために入社しているわけだから、見られるものは何でも見ておきたい。
今日は社長に雑誌の取材が来ることになっている。
それで、日曜の朝早くから、こうして出社しているわけだ。
マスコミにアピールするいい機会だというのに、バカなおサルのジロウときたら、こんな時もいつものヤンキージャージでやってきた。
まったく困ったもんだ。
写真撮影だってあるんだから、もうすこし他に着るものがあっただろう。
俺は努めてやさしく言った。
「衣装は用意しなくてよかったんですか?」
「おう!前に言ったろ???俺はハイブランドしか着ねぇって!これはな、ベルサーチなんだ!」
え?????
その、田舎のヤンキーが着ているようなジャージはドン・キホーテで買ったんじゃなかったのか???
ベルサーチって、イタリアの GIANNI VERSACEのことか?
それとも 娘のDONATELLA VERSACEか?
どっちにしても、あんまり趣味はよくないし、ドン・キホーテにしか見えない。
AOKIで1着1万円のスーツでも買った方がよっぽどマシに見えると思うぞ???
その時、ガヤガヤと声がして、撮影隊が到着した。
編集者らしき女性が名刺を差し出し、挨拶をしてきた。
一方的にまくし立てて、ワーキャーうるさい女だ。
「こちらへどうぞ」
俺は慇懃無礼に案内した。
安っぽい応接テーブルの前に、ジロウがうんこ座りをしていた。
編集者とカメラマン、そのアシスタントたちはジロウをチラリと見ると作り笑顔で、「よろしくお願いしまーす」と言って、くるりと背を向けた。
取材の一行は俺の方に向き直り、取材の段取りや撮影の場所決めなどしながら、記事の企画をペラペラと説明してきた。
丁寧に応対するが、その間、ジロウはほっとかれっぱなしだ。
すると、編集者の女性がジロウに声を掛けた。
「申し訳ないんですけど、そちらの従業員の方、ちょっと移動して頂けますか?」
ピキーーーーーーーーーーーーーン!
その瞬間、空気が凍り付いた。
ヤバイ!
この人たち、カン違いしているみたいだ。。。
それが、社長だよ!
俺は従業員!
ジャージが社長で、スーツが従業員。
ちっこいサルみたいなのが社長で、背の高いのが従業員。
なんでこうなった???
そうだ。
俺は入社したばかりなので名刺がない。
ジロウはペーパーレスで名刺は持たない主義なんだそうだ。
だから、編集部の撮影隊がくれた名刺を受け取っただけで、俺たちは名刺を渡していない。
「あの、当社の社長です」
俺はうやうやしく紹介した。
ジロウのやつがうんこ座りなんかしてるからだ。
ヤンキー流の威嚇方法なのだろうか?
編集者の女性は悪びれもせずに言い放った。
「アハハ、そうなんですね。失礼しました!」
出だしがこれだったから、ジロウは完全にご機嫌ナナメになってしまった。
聞いたこともないような出版社だったから、三流雑誌なのだろうが、ジロウにしたらマスコミに取り上げてもらえる晴れの舞台のはずだ。
不機嫌でろくすっぽ答えないジロウの代わりに俺が質問に答えるしかなかった。
ナントカ、カントカ、取材と撮影が終わり、一行は帰っていった。
マズイぞ。
これはフォローのしようがない。
しかもKYなアシスタントの若い女が、余計な一言を発した。
「えっ?億男さんって従業員の方なんですか?カッコイイですね!」
あちゃーーーーーーーなんでそんなことを言うかな?
アンタだって仕事で来てるんだろう?
余計な私語は慎んでもらいたい。
そこでうんこ座りしていらっしゃるチンケな社長様は、先輩社員のアキラさんがちょっと俺を誉めただけで、敵だの、結託だの、って大騒ぎしてプイと出ていくようなやつなんだぞ?
ジロウの顔を見ると、怒りに満ちてサルのように真っ赤だった。
俺はかける言葉を見つけられず、ただ黙りこくるしかなかった。