情報商材屋で働いた話(15) 子供
入社5日目だが、もうじゅうぶんだ。
入社の目的だった情報商材ビジネスのスキームはわかった。
どれくらい儲かるかも、カラクリもわかった。
俺の目的は果たした。
それだけじゃない、セミナービジネスの作り方もわかったし、人脈も手に入れた。
そして、精神的にも肉体的にも限界だ。
24時間、バカなお子ちゃまの相手はしてられない。
俺はこども好きだが、とっちゃんぼうやはキライだ。
本物のこどもは純粋だ。
こんなにひねくれてないし、みためだって可愛らしい。
小さいオッサンは拗ねても可愛くもなんともない。
ムリだ。
困ることが一つある。
俺は3か月後に行われる海外セミナーの準備をしていた。
社長のジロウのことはどうでもいいが、現地のコーディネーターや参加予定のお客様は俺のことを信頼してくれている。
俺としても彼らに迷惑はかけたくない。
先輩社員のアキラさんは今月で退職する。
3日前に俺が面接をして採用した新人が入社するのは来月だ。
おまけに、社長のジロウときたら恋人のアリサと1ヶ月ハワイ旅行に行くという。
つまり、今、俺が辞めたら会社が無人になる。
しかし、これがネットビジネスのいいところなのだが、PC1台あれば世界のどこでもできる。
ジロウはハワイにいても対面以外の仕事はこなせるのだ。
ノマドワークだ。
商材販売はジロウがハワイからPCでやれば問題ない。
海外セミナーの準備さえもPC一台あればできる。
会場を抑え、集客し、集金し、支払いをする。
会場に電話したり、銀行に行ったりする必要はない。
すべてインターネットで出来る便利な世の中だ。
俺もいつか「合法的節税セミナー」でも開催するかな。
その時はこの会社で知り合った現地コーディネーターさんにお願いしよう。
ぼんやりと考えていた俺に、ジロウが声を掛けてきた。
「億男さん、今日夜9時から、採用面接1件やるから」
「はい」
また、残業だ。
この会社に入社した5日間で、俺はこれまでの10年間にした残業の合計をはるかに上回る残業をしている。
ジロウが24時間ひっきりなしにメッセを送ってきて、返信しないと怒るからだ。
ちなみに今日は土曜日だ。
本当にたまったもんじゃない。
採用枠は3名。
俺と来月入社予定の1名、そしてもう1名だ。
当初ジロウは、俺を採用するために3人分の人件費のうちの2人分を俺に割り当てた。
俺の前職の給料が高かったからだ。
俺としては資産はじゅうぶんにあるし、妻子がいるわけでもないので、給料はどうでもよかった。
ただ、好奇心のみで入社したまでだ。
しかし、俺の給料と新人2人の給料を払えるのだろうか?
今までアキラさんがこづかい銭程度でやっていた業務を、わざわざ数千万円かけて社員にやらせる意味が分からない。
アキラさんに株をやって、年俸数千万払うほうが、安全だし、妥当だ。
俺や新入社員はジロウの幼なじみではないから、ジロウに何の思い入れもない。
ただの労使関係だ。
そういう複数のアカの他人が、会社の秘密を知ることになる。
脱税や違法行為がダダもれだ。
ジロウは本当に頭が悪い。
そして、精神的に幼い。
そんな子供でも、数千万、数億円が稼げてしまう。
ジロウにすがってくる連中も精神的に幼いからだ。
一億、総こども社会だな。
世も末だ。
この会社を辞めたら、俺はまた、欧州にでも行くとしよう。
オトナの会話がしたい。
哲学や思想について語りたい。
インドやスリランカもいいな。
子供たちもひとなつこくて可愛いしな。
とにかく、子供じみたオッサンの相手はもうじゅうぶんだ。
21時の面接に来るやつがマトモなやつであることを願いつつ、俺はPCの電源を落とした。